コトノハ

子供だって

実際人だもん。
子供だって人なんだって忘れてる大人、多いと思う。

「私子供が好きなんです」

って、簡単に言ってしまえる人を私は信用しない。
子供が好きだから、先生になりたいなんて言うのもおかしいでしょ?
子供をひとくくりにしすぎじゃないか。
ペットを見るような視線で、子供と触れ合うのは危険だよ?

機嫌が悪い時だって、反抗期だってないとダメよ。
有ってこそ成長できる。
こうで有るべき、なんて全くなくて。
できることや成れる自分って言うのは無限。

そのなかで、些細だけどしちゃいけないことを教えられるならそれでいいと思うんだ。

私の母が私にラーレは言ってもきかない時が有る。
なんて愚痴るけど、ラーレにはこんなことをされると人は嫌な気持ちになるもんだと叱咤して、母にはこんなのも成長の過程だからないとダメよ。って言う。
なけりゃ覚えないでしょ!
こんな風なことを言うんだよって、笑いたいなぁ。
ホント偉そうに言うんだよ、なんて笑ってたいなぁ。

人は、笑い、怒り、悲しみ、楽しみ。
叫び、苦しみ、慈しみ、愛する。
譲れない気持ちが有り、譲り和える心が有る。
創りだしたい時が有り、壊してしまいたい時が有る。
触れたくて触れ、話したくて話す。
見つめたくて見つめ。
独りでいたい時に、離れ。
また触れたくなる。
どれが欠けても、ダメなんだ。

危ないからと、刃物を取り上げるでなく。
便利にも使えるけど、こうすることは危険なんだと覚えたい。

学校で言われて腑に落ちないことがたくさん有る。
あだ名を付けるな。みんなをさん付けにしろ。
それこそコトバ遊びの自由を奪っている。
なぜ取り上げてなくしてしまおうとする?
聞いて、誰かが傷つくであろうコトバがあるからだという。
それなら、その言葉を自分から使わないようにしよう、と思わせる努力なぜしない?

手紙を書くな。
・・・・は?
ま、いじめみたいな感じの手紙が出回ったことが有るからだというが。
・・・書くな?そこまで行っちゃうわけ?
怠慢だよ。怠慢。
そう、怠慢。
規制して、やるな、やったら処罰する。
理由だ?
そんなもの、お前らは言うことを聞いてればいいんだ。
規則だ。守れ。
ただそう言っていれば、楽だよね?
ちゃんと一人一人にわかる言葉で説明して、理解してもらおうとするのにパワー使わなくていいものね?
でもね。
それすら、子供らは学んでしまう。
自分のコトバで伝えることを、疎かにしてしまっている現状が有る。
そのことを、もっと知らなければ。
いつまでたっても同じこと。

繰り返す。

使い方を教えようよ?
モノも、コトバも。
こうすれば嬉しいねぇってことを伝えよう。
こうすれば楽しいんだってことを学ぶんだ。
つらいことをこうすれば乗り越えられるんだって、なぜ言えないのかね?

危ないからといって、なぜ何もかも取り上げてしまうんだろうか。

こんなにも世界には色んなことが溢れているのに。
もう諦めてしまってる子たちが居るんだ。
無難に無難に生きることを推奨してたら、早くから人生こんなもんだなんて思っちゃってさ。
生きることすら諦めてしまっちゃえる。

変えて行けるのは今の大人なのに。
それも、普通に家庭でできちゃうのに。
大人が逃げちゃったら子供はどこで覚えればいいんだろ?

ね?


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色んな夢を見た(その後)

いまなんかものすごーく、私は穏やかなんですけどね?w

すごく自然っていうか。
うふ。

寝る前にとあるスレ読んで考えさせられて。
この世界に潜む悲しみや苛立ちの話をして。
偉い親になるのでなく、親子だからと言うなあなあな甘えの中で子供に重荷を強いるのではなくて。
話のできるHOMEというものをゆっくりでいいから築いて行こうねなんて。

言ってたからさ!
多分それが夢にまで出てきたんよ。

親の都合に振り回されるのは、ある程度は仕方のないこと。
巣立つまでは、そこで色んなことを学ぶしかない。
でも、強いられ過ぎる子供らが多すぎて。
断ち切ることを見出せぬ子は、悪循環の家系を繋いで行く。

端で見て悲しくなる親子が居て、でも人の家族になんて手は出せぬ。

うちは稀なんだってさ。

うちら親子は珍しいって言われる。

しつけはメリハリだって思うのね。
ダメなことはダメ。
いい事はいい。

親に隠れてこっそりってこともあっていいと思う。
何もかも親が知ってるなんてのもおかしい。

1人で立って歩けないように、先に先に石ころを全部取り除いて、さ、ここを歩いて。
なんて極端に、かわいがるってことを吐き違えてたら人間は育たない。
だからといって、「何でも勝手にすれば?私は知らないから。」
なんて、自由と放棄を吐き違えてるのもあほらしい。

簡単な例を挙げると、私の仕事場には色んな親子が来て、色んなことを見せてくれる。

全く叱らない親。
子供がなにをしても。
誰がどう見てもしてはいけないこと、言っては人を傷つけるコトバ。
それを禁めることを知らない人の子は。
4歳5歳にもなって人の話が聞けないようになってしまっている。

自分が無茶をして暴れて、机に頭をぶつけて泣いている子。
机を叩いて、机が悪いね、ダメな机ねなんて言ってしまう親。

そして、その真逆。

なにをしても怒る親。
アレするな、コレするな、笑え。
お前のせいで時間がかかる。さっさとしろ。
写真なんて、親のエゴやん?
楽しくさせるテクもなしに子供が笑えるかっつーの。

そのどちらも、だいたい4・5歳で挙動不審になる。

もう、ある程度物事もわかって自分で何でもできる年なのに。
2・3歳子ができるようなことができなくなる。
椅子に座っていられなかったり。
何故か泣き出したり。
まっすぐ向くことができず、ずっと何かに気を散らせたり。
聞いた言葉が頭に入らなかったり。

叱らない親、怒りすぎる親は。
結果同じような子供を育て上げちゃうって知った。

こんな人に出会ったことがある。

6歳と3歳の姉妹。
子供はかわいいドレス、綺麗な着物を選びたいのに「これ」と振れた手をバシンと叩いて、
「お母さんが選んでるんだから触るな」
なんて言ってしまう親。
はいはいって諦めた顔をする子。

3歳の少女に「お前はぶさいくだ不細工だ。なに着ても無駄だからさっさと適当に決めて終わらせろ」と、娘に言い続けて悲しい顔をさせる父親。
父は幸い、スタジオに入ってこなかったから。
「かわいいね、すてきね。すごいいい笑顔だね」
って笑顔でその子に言ったら、本当に素敵な。
展示すらしちゃうような写真が撮れた。

6歳のとても美人で、大人っぽいなって子が居た。
なぜか、綺麗だとかかわいいとかこの子に言わないで。
そう言われるのが嫌いだから。なんて言われて。
おかしいなーと思いながら。
撮影時「綺麗ね、素敵ね?」なんていいながら色んな話をしてたらこれまた素敵な写真が撮れて。
終わった、いい顔ありがとねって思ってその子を見たら。
音がするほどお母さんに頭を叩かれていた。
・・・理由がわからなくて困惑した。
でも、その子は慣れた風で、つらい顔はしたけど気丈だった。
そのお母さんが居ない場所で、その子はもう家が嫌だと言った。
6歳という年で、もう何度も家出をしたことがあるというのを聞いた。
おばあちゃんが庇っているのを見て、少し安堵したけど。

あの子は、どうなるんだろう・・・

ゆっくりゆっくり。
手を繋いで1歳2歳の子のテンポで一緒にお散歩するお母さんも居る。
くまさんかわいいね、お花きれいね。
そう、そうなの。よかったね、うれしいね。
小さな子の拙い言葉を拾って、笑顔で目を見て話をしているお母さん。
そのお母さんの言葉を聞いて嬉しそうに笑顔で返す子。

冗談を言って、自分の娘を笑わせるお父さん。
本気で体当たりで、子供扱いせずに一人の人間として話をする。
ついついつられてこっちまで笑ってしまったこともある。

お化粧も着付けも終わった自分の子供らを見て、褒めちぎって照れ笑いを誘ってのせて、おどけて声かけて。
本当にありがとうって言ってくれる人達。

幸せをたくさん貰って、子供たちは素敵な笑顔を覚える。
それがいち早くできるのは、一番近い所に居る人。

本当に、親となった人達がしなきゃいけないことって。
子供を巣立たせることなんじゃないのかな?
そのために生きる力を、教えてあげられなきゃダメなんじゃないかな?

自分の足で生きて、人と触れ合えることを教えて行けさえすれば。
笑顔と、そこそこのルールと、伝えるためのコトバを。

本当に繋げていくためのことを忘れているんじゃないかな。

聞くべき時に聞き、話すべき時に話し。
見るべき時に見、触れるべき時に触れる。

ああ。

私がしてきたことで繋げていいことたくさんあるかな?
すべて間違ってなかったとはとても言えない。
でも、繋げていい事もきっとあると信じているの。

3歳までは。仕事もしてなかったから。
本当にたくさんの時間ラーレと一緒にたくさんのことをした。
心のリハビリもかねて、実家でゆっくりさせてくれた両親のおかげ。
もしも、あくせくしてたら・・・
私は一番なりたくない私になっていたかも知れない。

たくさん歩いたね。
たくさんお話もしたね。
たくさん歌も歌って。
たくさん踊ったね。
一緒にパンも作ったね。
包丁は早くから使ったよね。
おままごとが好きだったね。
小さいものが今でも好きだね。
やることはきちんとやるよね。
決められてないことはさぼるよね。
音読が上手ね。
本が好きね。
勉強は、面白くして行けば何でもできるようになると教えたら、実践したね。
すごいね。
ビデオを撮ってとせがんだね。
グラビアポーズ教えたら4歳でカメラの前でしてたね。
目を見てごめんなさいができるね。
知らない人にも声をかけることができるのね。
こんにちわって。
タバコが嫌いね。
ゴミを他人のまで拾うようになったね。
片付けは苦手ね。
苦手なことや面倒なことは後まわすね。
大人と話すことが好きね。
小さいこの面倒も見るようになったね。
サンタは居るよ?
ずっと信じていてね。
キミがサンタになる日まで。
悲しいことがあると、話してくれるね。
優しさを、たくさん伝えることができるね。
口は悪いのは私のせいね。
心が素敵なのは、たくさん心に栄養を与えて、育てているからだよ。
学校で習った、世界状勢を話すのが好きね。
歴史や戦争や、ゴミのことや地球のこと。
何故戦争なんかするんだろう。
何故殺すんだろうか?
小さな動物でも、死は悲しいのに。
そう、心で感じたことを伝えてくれるね。
トモダチが毎日、朝迎えにきてくれるね。
たまに喧嘩をして悲しむこともあるけれど、ちゃんと修復できる力をつけてるね。
体当たりで、修復するのね。

キミは自分の足で歩いて行くように、今たくさんのことを覚えてる。
私は、その手助けを少ししているに過ぎないんだ。

キミはキミの力で、幸せをつかむ。

私は、もう愛を教えられるようになったよ。
キミの前で、母も父もやってきたけど。
やっと柔らかさを教えてあげられそうよ。

人の弱さも優しさも。
狡さも強さも賢さも。

ああ、いつでも抱きしめてあげられるけど。
抱きしめてもくれるけど。

私にとっての瑞のように。
ラーレも心から愛して愛されるような人を見つけられますように。
キミの方がずっとたくましいんだろうけど。
こんなにも愛おしいと思う気持ちをつかめますように。

こんな祈りが、世界中に渦巻いている。









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メールはやっぱり

嫌いです。
文字にはその人の性格が出るというけど。
どーやらそうでもないようです。

やっぱり話をする、会うのがいいです。

でも、文字でおしゃべりな人と話すなら、チャットでもいいです。
一生懸命伝えようとする行為は、人によって違う様で。
その人の得意とする所でやればいいと思う。

それが、声に出して話すことであったり。
歌や曲にすることであったり。
手紙やメールを書くことであったり。
チャットであったり。

するだけなんだろうね。

あの人と話をしたかったら、この方法がベストっていうものがきっとある。

でも、どんなに難しくても。
面と向かって話すのがいいです。

表情を見て、声の音を聴いて、声色、トーンを聴いて。
どんな風に自分に触れてくれようとするのかよくわかるから。

私も本当に人と話をしたいと思う時は、やっぱり面と向かおうと思う、です。

私の、カタコトで、うまくない言葉を拾おうとしてくれる人がかわいいです。
こういう場所でおしゃべりなのはきっと、リアル言葉がうまくないからでしょう。
こんな文字ですら、どうもめためたな気がします。

人が好きで嫌いです。
子供が好きだと、ただいう人は信用してません。
そんな人は、犬や猫を好きだというのと同じ位置でそう言うんです。
子供は人です。
人として、私は好きな子も嫌いな子もいます。

第一印象は特に意味をなさないと知ってます。

一目惚れはしたことがありません。

話す言葉、色。
なにを見、なにを聞き。
なにを嫌い、なにに涙するのか。
なにに一生懸命になり、なににその笑顔を見せるのか。

それを見て深く知って。

人に惚れます。

でも、人は簡単に大切なモノを、うっかり蹴飛ばして。

無くす。

私もたくさんのものをなくしたと思う。
でも、心に刻んだ模様は。
今の私を造っている。

だから、後悔はすることはたくさんあるけれど。
それは、今に至るための不可欠なものだったと思う。

今が最高なんてことはない。

めためたで、ボロボロで。
それでもなんとか保って生きているし、笑っている。
ときどき自分が嫌になり、ときどき酷く愛おしく思う。

生きている意味なんて、簡単。

ねぇ・・・
何だと思う?

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